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東京地方裁判所 平成3年(手ワ)795号 判決 1996年3月25日

原告

昭和開発株式会社

右代表者代表取締役

牛窪基晴

右訴訟代理人弁護士

平栗勲

被告

日本電信電話株式会社(以下「NTT」ということがある。)

右代表者代表取締役

児島仁

右訴訟代理人弁護士

石川泰三

岡田暢雄

竹田穣

渡邉純雄

右訴訟復代理人弁護士

滝田裕

山本正

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的)

1 被告は、原告に対し、金二五億円及びこれに対する平成三年六月七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行の宣言

(予備的)

1 被告は、原告に対し、金一八億四五七六万七一八〇円を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

(本件の背景事実)

1 被告の経営事情

被告は、昭和六〇年四月、電気通信事業制度の改革に伴い、株式会社となって民営化されたが、株式会社化されたといっても、日本電信電話株式会社法に基づく一〇〇パーセント政府出資の特殊会社であって、完全民営化に至るまでの過渡的段階にあり、民営化後のNTTの在り方については引き続き検討されていくことになった。

その後、昭和六三年一二月一三日、NTTの在り方についての規制緩和推進要綱が閣議決定されたが、これによれば、NTTの在り方については、昭和六四年度内に結論を得るものとし、このため当面の措置が定められたが、そこには、極力人員の合理化を図るなど事業経営の効率化の推進を指導するという条項が盛られていた。

被告は、臨時行政調査会の答申のうちNTTの分割には当初から反対の意向を示し、分割阻止の運動を繰り広げ、答申の先送りを図ってきた。

このため、平成二年三月二日、電気通信審議会の答申により再度NTTの分割化の方針が確認されたが、政府は、同月三〇日、いわゆる「政府措置」によりNTTの在り方についての結論を平成七年度まで先送りとし、その間、事業部制の導入、移動体通信業務の分離、経営の合理化の推進等の諸措置を講じ、その結果を踏まえて結論を得ることとした。

被告としては、右のようなNTT分割化の方針に反対していくためにも、人員の合理化等の問題を早急に解決する必要があったが、人員の適正化を求めれば、当然ながら余剰人員の受け皿対策が必要となる。

他方、被告は、臨調の答申に基づき投資の自由を手にすることができるようになった。このため、被告は、電気通信関連事業のみならず、さまざまな新規の事業分野において子会社、関連会社を多く設立し、これにより余剰人員の受け皿を確保するとともに、NTTの事業の拡大化を図った。かくしてNTT本体のスリム化を図るとともに、NTTグループとして一大企業集団の形成を図り、企業の分社化によってNTT分割論に対抗しようとしたのである。

このように、被告は、全社を挙げて経営の効率化と子会社、関連会社の設立による新規事業分野の開拓に取り組んでおり、東京支社内にも新規事業開発室が設置され、積極的な取組がなされてきた。

2 株式会社ニューメディア開発機構(以下「NDO」という。)の救済

NDOは、昭和五九年三月一日、被告が、開発してきた新しい情報システムであるINS(インフォメーション・ネットワーク・システム)を特定地域において事業として推進していく目的で、当時の日本電信電話公社総裁真藤恒(以下「真藤」という。)の肝煎りで設立された会社であり、代表取締役は真藤の石川島播磨重工業株式会社時代からの後輩で盟友でもある碓井優(以下「碓井」という。)が就任した。

ところが、NDOは赤字続きで、昭和六二年ころには二億四〇〇〇万円の累積赤字を出し、平成二年当時には累積赤字は六億円を超えるまでになっていた。このため、碓井は、NDOの再建のために奔走していたが、期待するような活路が見えないまま推移していたところ、昭和六三年に至っていわゆるリクルート事件が発生し、碓井は自分の師と仰ぐ真藤の刑事事件のために裁判費用も含めて種々尽力し、真藤の秘書共々全面的に面倒をみることになった。

そこで、真藤は、碓井の恩義に感謝し、自己の影響力の及ぶ範囲でNDOの救済に協力しようとした。

NDOは、真藤が電電公社総裁当時に鳴り物入りで設立された会社であり、被告自身も出資しているところから、被告としても座視しておける問題ではなかったところ、その代表者である碓井の窮状を見て、真藤がNDOの救済に乗り出したのは当然といえよう。

そして、真藤は、当時の被告副社長児島仁(以下「児島」という。)を通じてNDOの救済のために尽力するよう指示し、NDOの救済のためのいくつかの計画がなされたようである。

そして、NDOの救済のための企画書が被告の社内で募集され、当時、東京総支社システム販売本部長の地位にあったAの提出した企画書が採用されたことから、Aが右企画書に基づき、NDOの救済のために行動することになった。

Aは、システム販売本部長時代に「ザ・電話ビジネス」と「ザ・テレホンカード」という二冊の本をいずれも当時の東京総支社長神林留雄と共同で執筆したが、そのいずれにも真藤の推薦文が寄せられている。これは、Aと真藤の間の親密な関係を物語るものといえよう。

3 以上のような背景の下で、Aは、被告の余剰人員対策とNDOの救済を目的として、被告の事業として、石垣島におけるリゾート開発事業に関与することになったのである。

(前提となる事実関係)

1 石垣島で不動産業を営む有限会社東和商事(以下「東和商事」という。)の代表者である東大田友和(以下「東大田」という。)は、平成二年三月ころ、当時、被告東京支社の東京通信システム営業本部長であったA及び株式会社センチュリーワールド(以下「センチュリーワールド」という。)の代表者である本宮弘司(以下「本宮」という。)から、被告が、民営化による余剰人員対策とNDOの救済のために、石垣島でリゾート開発事業を行いたい、ついてはそのための用地を取得したいので、協力してほしいと持ちかけられ、AからNDOの買付証明書等を示されたことから、右依頼に応じ、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を買収しようとした。

東大田は、既に本件土地を取得していた地元の不動産屋である石垣洋助から本件土地を買収することにし、売買代金を一八億円と定めて手付金五〇〇〇万円を同人に交付したが、その余の売買代金の調達ができないため、平成二年五月ころ、本件土地の隣接地で開発事業を行っていた原告に本件土地の買収を持ち込んだ。

2 原告は、東大田から、最終的には被告が本件土地を取得することや、平久保地区の開発計画を聞き、同人の示したNDOの買付証明書等の書類を検討し、被告がNDOに6.6パーセント出資していること、NDOの代表取締役碓井は石川島播磨重工業株式会社時代に被告の元会長真藤の腹心の部下であったことなど被告とNDOの関係を確認した上、Aと面会することにした。

原告の長村専務らは、平成二年六月六日、被告東京支社のある東京都港区の品川ツインズビルを訪れ、Aの部下である梅林係長に案内されて、同ビル二階の東京通信システム営業本部の応接室においてAと面会した。

Aは、長村専務らに対し、本件土地の開発について、被告の子会社が受け皿になるが、被告は当面表に出られないので、ダミー会社を使用して本件土地を取得すること、石垣島におけるリゾート開発事業は自分が被告の児島副社長から特命を受けて行っていること、被告が保証をすることなどを説明し、同日、Aと長村専務らとの間で、原告から株式会社センチュリーアール(代表者本宮、以下「センチュリーアール」という。)が本件土地を含めた約一〇万坪の土地を代金一〇〇億円で買い受けること、代金等の支払は三年後とするが、その間の利息分として年八パーセント相当額合計二五億円を一年後に支払うことが合意された。

3 六月八日、右応接室において、A、原告の長村専務ら、本宮、三浦が集まり、本件土地を含めた約一〇万坪の土地売買契約書(甲二号証)、平成二年六月八日付けの「買主は、別紙にてNTT東京通信システム営業本部長名による保証書を売主に差し入れるとともに、売主に支払発行する買主の手形にも右本部長名の裏書をなすものとする」旨記載された覚書(甲三号証)及び右別紙に当たるNTT東京通信システム営業本部長名による保証書(甲四号証)に署名押印がなされ、右代金及び利息の支払のために、センチュリーワールド振出、センチュリーアール、「日本電信電話株式会社NTT東京通信システム営業本部長A」名義の裏書のある額面金額一〇〇億円及び二五億円の約束手形各一通(後者が後記本件手形である。)が原告に交付された(以下これを「本件取引」という。)。

4 そして、原告は、本件取引に基づき、平成二年六月一八日から同年七月二五日までの間に、本件土地を含めた26万0684.90平方メートルの土地を代金合計二三億一五〇〇万円(一平方メートル当たりの価額八八八〇円)で買収した。

(主位的 手形金請求)

1 原告は、裏書の連続のある別紙約束手形目録記載の約束手形一通(以下「本件手形」という。)を所持している。

2(一) 被告東京支社の東京通信システム営業本部長であったAは、支払拒絶証書作成義務を免除して、「日本電信電話株式会社NTT東京通信システム営業本部本部長A」名義をもって本件手形に裏書をした(以下これを「本件裏書」という。)。

(二) Aは、右本部長の職務権限として、被告を代理して手形の裏書をする権限を有していた。

(三) 仮に、右本部長の職務権限としては手形の裏書をする権限がなかったとしても、Aは、被告の元会長真藤又は当時の副社長児島から石垣島においてリゾート開発事業を行う権限を特別に付与されていた。

本件裏書は、右リゾート開発事業に必要な用地を取得するためになされたものであり、右権限内の行為である。

(四) 仮に、本件裏書がAの権限外の行為であったとしても、Aは、商法四二条の表見支配人に該当する。

第一に東京通信システム営業本部は、商法上の営業所としての実質を備えている。すなわち、東京通信システム営業本部は、東京支社の直属事業所として、品川ツインズビルの二階ワンフロアーをほとんど独占して営業所を構え、職制上、営業本部長のもとに総務部長、システム営業部長、企画部長等六部門の部長がおり、その下にそれぞれ担当課長や係長がいて、一般の社員がいる。職員の総勢は少ないときで四五〇名、多いときは七五〇名に上り、年間売上高は八〇〇億円に達する規模である。東京支社には、二八の支店があるが、東京通信システム営業本部はそのうちの中核支店と同格とされており、まさに営業本部長を頂点とした独立した組織が形成されている。

第二に、営業本部長という表示が営業の主任者たることを示すべき名称であることは何人も異論はないであろう。通常営業本部長というのは支店長などより格上の職制として用いられることが多く、それが一般の理解だからである。

第三に、表見支配人の権限は、裁判上の行為を除き、支配人のそれと同じであり、営業に関する一切の行為に及ぶ。ここで営業に関する行為とは、営業としてなされる行為、すなわち、営業の目的たる行為のみならず、営業のためになされる行為を含み、ある行為が営業に関する行為であるか否かは抽象的客観的に判断して決すべく、具体的主観的に判断して決すべきではないとされる。そして、手形行為は、取引の決済手段として、行為の客観的性質から、いかなる営業についても営業に必要なものとして営業に関する行為と認めるべきであり、抽象的な書面行為として金額の大小その他の事情は問題となる余地はない。

本件においては、営業本部長であるAの手形裏書が問題となっているが、これが被告の営業に関する行為であることは明らかというべきである。

(五) 仮に、本件裏書がAの権限外の行為であったとしても、Aは、東京通信システム営業本部長として広汎な代理権限を有していたところ、原告は、本件裏書がAの権限内の行為であると考えるにつき、次のとおり正当な理由があったから、被告は、民法一一〇条の規定に基づき、Aがした本件裏書についてその責めに任じなければならない。

ア Aは、被告東京支社の機関紙である「ホットライン」に掲載された被告東京支社の権限規程を原告の長村専務らに示し、事業所長の権限について規定した四条の部分にアンダーラインを引いて自己に権限があること、仮に権限外のことをしたとしても、被告が責任を負うことを説明し、長村専務らを安堵せしめた。

イ 本件裏書には「日本電信電話株式会社NTT東京通信システム営業本部本部長A」と彫刻された印鑑が使用された。

ウ 本件裏書は、被告東京支社の東京通信システム営業本部内の応接室においてなされた。右営業本部は、品川ツインズビルの二階に入っているが、右ビルは被告が誇る最先端のインテリジェントビルであり、警備も厳重で、誰でもが容易に入れるものではない。ビルに出入りする者はチェックされ、通常の一般客は一階にある来客用テーブルで用件を済まされる。これに対し、長村専務らは、被告の職員である梅林総務係長の案内で二階の営業本部長の応接室に通され、右応接室においてすべての取引がなされた。

Aは、営業本部長の職印を押捺する時は、わざわざ隣室の本部長室に戻り、そこで捺印して長村専務らに書類を交付した。相手方から見れば、営業本部長の職印であるから、より慎重に使用しているという印象を与えられたのは当然であろう。

エ Aは、長村専務らに対し、石垣島におけるリゾート開発は当時の児島副社長からNDOの救済という特命を受けて行うものであると説明したが、その際、右説明の裏付資料としてNDOの買付証明書が示された。

オ Aは、自分が被告内でいかに重要な地位にあり、被告から信頼されている人物であるかを示すため、前記神林留雄と共同で執筆した「ザ・テレホンカード」という題名の本に署名して原告の牛窪常務に交付した。右書籍には、Aが誇示していた真藤元会長との親密な関係を示すかのように同会長の推薦文も掲載されている。また、右書籍の奥書にはAの被告における経歴が記されており、企業通信システムサービス本部次長、東京総支社未来通信営業部長、東京総支社システム販売本部長等の経歴は、Aが被告におけるいわゆるエリートであり、被告内で順調な出世を遂げ、社内における人望を集め、信用するに足りる人物であることを窺わせるに十分であった。

カ 本件に関しては、Aの部下として梅林総務係長がAの秘書的役割を果たし、NTT品川ツインズビルにAを訪問した長村専務らを本部長の応接室まで案内した。梅林は、長村専務らの訪問の用件の内容は理解しており、当然のごとくA本部長の来客として遇している。このような梅林の応対は、長村専務らから見れば、本件取引が本部長としての職務権限に基づいてなされているという印象を与えた。また、Aの部下である田中システム営業部長、有島課長代理、森社員らが石垣島における総合レジャー施設の開発に関するNDOとの打合会に出席している。これは、右開発に被告が関与するについて、Aが契約等をなす権限があったことを示し、少なくとも東京通信システム営業本部が組織体として関与していることであり、Aが個人的になしているものではないことを明確に示している。

キ 本件取引に関わったセンチュリーワールドの専務取締役三浦佳治(以下「三浦」という。)、本宮、NDOの碓井社長らは全員Aに本件取引を行う権限があると信じていた。

ク 本件取引は、一二五億円という通常の土地取引から見れば、莫大な金額であるが、被告は、事業規模が数兆円、東京支社だけでも八〇〇〇億円の事業規模を有する企業であるから、被告として本件裏書をなすことについて、長村専務らが疑念を抱かなかったとしても不思議ではない。

3 原告は、支払呈示期間内に本件手形を支払場所に呈示したが、支払を拒絶された。

4 よって、原告は、被告に対し、本件手形金二五億円及びこれに対する満期の日である平成三年六月七日から支払済みまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

(予備的 民法七一五条に基づく損害賠償請求)

1 Aの不法行為による使用者責任

(一) 仮に、Aに本件取引を行う権限がなかったとすれば、Aは、権限がないのに、これあるように装い、原告をしてその旨誤信せしめて本件取引を行わせたことになるから、Aの右行為が詐欺に当たることは明らかである。

(二) Aは、本件取引において、被告がダミー会社を通じて本件土地を含む約一〇万坪の土地を取得し、将来被告の子会社に取得させる旨を説明したが、このような子会社による新規事業への参入は、NTT分割論に対抗するNTTの合理化と事業拡大の方向を示すものであり、子会社による事業自体が被告の事業として理解されているのが一般である。

したがって、Aの行為は、外形的に見て被告の子会社を通じての業務の執行と認めることができる。

Aは、平成三年五月三〇日付けの念書(甲五号証)において、本件取引は、Aが被告の事業計画に基づき行ったものであること並びに本件裏書及び保証書の作成はその職務に基づき本部長の職名と職印を用いて行ったものであることを自認している。

(三) 原告は、本件取引に基づき、前記のとおり土地を買収したが、右買収に係る土地の価額は現在では一平方メートル当たり一八〇〇円に下落したため、Aの右不法行為により、買収価額との差額相当額である一八億四五七六万七一八〇円の損害を被った。

2 東京支社長西村守正の不法行為による使用者責任

西村支社長は、平成二年五月ころ、Aが石垣島においてリゾート開発に関与していることを知ったが、その際支社の新規事業開発室の事業と衝突しないようにという注意を与えたのみでAの行動を放置していた。西村支社長は、Aの上司として、被告の事業と紛らわしい行為がなされないよう指導監督する注意義務があったのに、これを怠り、この結果、前叙のとおり、Aが原告を欺罔して原告に損害を与えた。

被告は、西村支社長の使用者として、民法七一五条に基づき、原告の損害を賠償する責任がある。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1(一)  本件の背景事実1記載の事実中、被告が、昭和六〇年四月、日本電信電話株式会社法に基づき設立された特殊会社であることは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  政府が保有している被告の株式をすべて放出するという、被告のいわゆる完全民営化については、国の決定事項であり、被告の自由になる問題ではない。

本件当時はもとより、現在でも、完全民営化の時期については全く見通しが立っておらず、被告には完全民営化に備えて余剰人員の受け皿対策を講ずるという方針は一切なかった。

(三)  本件の背景事実2記載の事実中、被告がNDOに出資していることは認めるが、その余の事実は否認する。

(四)  被告とNDOとの関係は、被告がNDOに対して約6.6パーセント(四〇五〇万円)の出資をしているという以外には、人的関係を含めていかなる関係もなく、被告がNDOを救済しなければならない必然性や必要性は全くなかった。

また、後記のような性格を有する被告がNDOの救済を目的として事業を行うことなどあり得ない。

原告は、NDOの代表者の碓井と被告の元会長真藤との個人的関係に基づき、被告がNDOの救済を図っていたというが、本件当時真藤元会長は、既に被告の会長の職を退いており、同人の影響力はなくなっていた。

したがって、被告又はAが真藤元会長からの意を受けて、NDOの救済を図る必要すら存在しない状況であった。

2(一)  前提となる事実関係記載の事実中、Aが、平成二年当時、被告東京支社の東京通信システム営業本部長の地位にあったことは認めるが、その余の事実は知らない。

(二)  仮に、Aが本件取引に関与したとしても、これはAが個人として行ったことであり、被告には全く関係がない。

(三)  被告が本件取引に関与することはあり得ないことについて

(1) 被告は、日本電信電話公社の民営化を受けて、昭和六〇年に株式会社として組織変更され、設立された会社であり、いわゆる特殊法人として、日本電信電話株式会社法及び同法関連法規に基づき、種々の規制を受けている。

まず、同法は、被告の目的及び事業をはじめ、被告の組織等について規定し、被告が行える業務を限定する(同法一条)とともに、被告が業とする電気通信役務の公共性及び公益性にかんがみ(同法二条)、事業計画の事前認可を郵政大臣から受けなければならないこと(同法一一条)、郵政大臣の監督を受けること(同法一五条)等種々の規制を広範にわたって規定している。業務について敷衍すると、被告が行える業務は、本来業務としての国内電気通信事業の他、本来業務に附帯し、郵政省令で必要事項を定められた業務(附帯業務)及び郵政大臣の認可を受けて行う、本来業務の達成に必要な業務(目的達成業務)に限定されている。そして、定款の変更には郵政大臣の認可が必要とされ(同法一〇条一項)、定款変更によって被告が自由に業務の範囲を拡大することができないとの規制が加えられている。

(2) 右の他、被告は、商法、商法特例法に基づく会計監査に加え、現在なお政府が発行済株式総数の二分の一以上の株式を保有しているため、会計処理の適正を確保するとの趣旨から、会計検査院法に基づく検査を会計処理全般にわたって受ける(同法二二条五号)ほか、総務庁設置法に基づき、業務運営状況の全般について総務庁の調査を受ける(同法四条一三号)のである。

(3) ところで、原告は、被告が、出資の自由に基づき、これらの規制を受けない関連企業を設立することによって新規事業の開拓に取り組んでおり、石垣島におけるリゾート開発もこのような被告の経営方針に沿うものであると主張する。

しかし、被告は、その公共的、公益的性格にかんがみ、子会社、関連会社の設立に当たり、①被告の技術を利活用し、情報通信産業の発展に資するもの、②被告の業務を支援し、より良い電気通信サービスの提供に資するもの、③被告が保有する人的物的資源を利活用し、社会の利便向上に資するものとの基本原則を定め、これに則り、右①ないし③のいずれかに該当する会社の設立を行っており、どのような目的の会社でも全く自由に設立しているわけではない。その上、被告は、会社の設立についても、主務官庁である郵政省との協議を重ね、事実上の行政指導を受けながら設立している。

(4) 以上のとおり、被告は、一般の営利法人と異なり、種々の法令に基づき多方面にわたり厳格な監督、検査等を受けており、被告がその本来業務である国内電気通信業務とは全く無関係のリゾート開発事業に関与することはあり得ない。

また、ダミー会社等のいかなる別会社によるリゾート開発であっても、これを保証することもあり得ない。

別法人のリゾート開発に関する債務を保証するという、内容の不明朗な会計処理が会計検査院の検査や総務庁の調査に耐え得るはずがない。

3(一)  主位的手形金請求1及び3記載の事実は認める。

(二)  同2記載の事実は否認する。

(三)  仮に、Aにより本件裏書が行われたとしても、被告は、次のとおり本件手形金の支払義務を負わない。

(1) 職務権限の不存在(東京通信システム営業本部長のAには、手形行為をする権限もなければ、不動産売買や債務保証をなす権限もないこと)

ア 被告においては、本件当時、権限規程を定めて、権限の内容を細分化し、それぞれの権限の帰属主体を明確に規定していた。そして、権限規程によって付与された権限の範囲を逸脱してなされた行為はすべて権限外の行為となり、被告にその法律効果は帰属しない。

イ 東京通信システム営業本部長の権限は、東京地域事業本部(東京支社のこと、被告では、支社を地域事業本部と呼ぶこともある。)の権限規程により一義的に定められているが、これによれば、

① 「総合通信システムの企画、設計、販売、コンサルティング等及び新システムの開発、各種ユーザー情報のデータベース化等に関すること」という所掌業務の範囲内で、かつ金額が五億円未満の契約の締結権限(ただし、イベント契約については五〇〇〇万円未満)と、

② 一億円未満の土地建物の請負契約の締結権限

に限られており、これ以外の権限は一切付与されていない。

ウ 被告においては、出納事務細則を定め、被告が約束手形の振出、第三者振出の約束手形の裏書譲渡、手形保証等を行わないことを規定している。

被告は、昭和二七年に日本電信電話公社として発足して以来現在に至るまで、本件裏書のような裏書譲渡をしたことは一回たりともなく、被告の代表取締役社長にすら手形の裏書譲渡の権限は全くない。

出納事務細則によれば、被告のなし得る唯一の手形行為は、例外的に受領した受取手形について取立委任裏書をすることであり、それも事業本部経理担当部出納責任者(全国に一二名のみ)に限られており、東京通信システム営業本部長はもとより他の職位の者にはいかなる手形権限も一切付与されていない。

エ 被告は、社印規程を定め、所定の役職印等の保管、管理等を定めているが、正規の東京通信システム営業本部長の記名印、役職印にはいずれも「NTT」という表示部分はなく(乙四号証参照)、本件裏書は偽造印により顕出されたことが明らかである。

(2) 個別的代理権の不存在

被告の権限規程上、本社の会長、社長、副社長という職位の者が一支社の直属事業所長である東京通信システム営業本部長に直接に権限を付与することはできない。

真藤元会長は、昭和六三年一二月に被告の会長を辞任しており、本件当時Aに対して特命を下せる立場にはなかった。

したがって、Aが特命により本件取引及び本件裏書の権限を付与されていたという事実はない。

(3) Aは表見支配人に該当しないこと

ア 東京通信システム営業本部は、「東京」という地域が冠された名称及び営業の場所が東京支社の建物である品川ツインズビル内にあることからも明らかなとおり、東京支社に属する一部署にすぎない。しかも、東京支社の建物に他の部署とともに位置していたのであり、独立した営業所としての外観すら有していない。

イ 東京通信システム営業本部は、被告の本来業務である国内電気通信事業を自己完結的に独立して行うことができない。すなわち、電気通信事業の内容は、①利用者との電話加入契約の締結、②電気通信回線を通じて通信を送受信する役務の提供、③電気通信回線の使用対価である通話料の徴収が不可欠の業務となるところ、東京通信システム営業本部の所掌業務は前記のとおりであり、電気通信事業のうちのほんの一部に限った業務だけを担う部署でしかなく、右①ないし③の業務は一切行わない。そして、そもそも、東京通信システム営業本部には出納権限がなく、これを担う会計部門が存在しない。その他、東京通信システム営業本部には工事部門も存在しないため、右所掌業務の範囲内の業務の遂行に必要な場合であっても、工事を伴う場合(多くの場合、東京通信システム営業本部の業務遂行には工事を伴う。)には、他の部署がこれを行うことになる。

以上のとおりであり、東京通信システム営業本部は、商法上の営業所とはいえない。

ウ 東京通信システム営業本部長という名称は、営業の主任者たることを示す名称とはいえない。

前記のとおり、「東京」という名称から独立した営業所ではなく、東京支社に属する一部署であることは明らかである。

さらに「通信システム」という名称から被告の営業の一部にすぎない通信システムに関する業務のみを担当する者に与えられた名称であって、被告の営業を包括的に担当する者に与えられた名称ではないことは明らかである。

したがって、東京通信システム営業本部長という名称を付された使用人に被告の営業に関する包括的代理権があるとの信頼がそもそも惹起されることはないといえる。

(4) 原告の悪意、重過失

ア 本件手形の異常性

原告は、本件手形の他に額面金額一〇〇億円の約束手形を取得しているところ、これらの裏書は被告の代表者によるものではなく、単なる支社組織の一部署の部長名義でなされていることがそもそも異常である。

いかなる大企業といえども、支社の一部長に一〇〇億円とか二五億円という莫大な金額の約束手形に裏書をする権限が授与されているはずがない。しかも、その部長に付与された名称が経理部長等の出納を扱う部署の長ではなく、出納とは無関係の通信システムに関する部署の長としての名称であればなおさらのことである。

イ 被告が本件取引に関与することの不自然性

前記のような性格を有する特殊法人である被告が、東京支社の通信システムに関する一部長にすぎないAに担当させて、その業務と全く関係のない石垣島におけるリゾート開発事業を、しかもダミー会社を利用して行うことなどあり得ないことは、常識的に判断すれば容易に知り得たはずである。

ウ 本件取引の異常性

本件土地の売買契約は、代金が一〇〇億円にも及ぶ取引であるにもかかわらず、たった一度限りの契約内容の打合せからわずか二日で契約締結に至っている。しかも契約の締結過程において被告側の人間として関与したのはA一人のみであり、他の被告の職員は契約には全く関与していない。

被告のような大企業が契約当事者となる場合には、関係部署から多数の関係職員が同席して契約内容についても綿密な打合せが何回にもわたって行われるのが通例であることにかんがみれば、本件取引の異常性は明らかである。

本件土地の売買契約書は、代金が一〇〇億円という極めて多額の取引金額にもかかわらず、わずか五条からなる簡単な契約書であり、印紙の貼用もない。そして、①第一条で対象物件の面積が手書きにより、「約一〇万坪相当」という不確定な数字を書き加えている上に、末尾の「物件の表示」に記載されている合計面積の21万0481.90平方メートル(約6万3782坪)という数字とも一致していない。②第二条の三行目の当事者の記載を取り違えている。③本件手形は、代金額一〇〇億円に対する年率八パーセントの割合による三年間分の金利であるというが、右割合で計算された三年分の利息は二四億円であるなど極めて杜撰なものであり、前記のとおり種々の監督、検査等を受ける被告がこのような杜撰な契約書の作成に同意するはずがない。

売買契約の内容も、①不動産売買において売買代金を約束手形で支払うのは極めて稀であるにもかかわらず、約束手形で支払うこととされている。②売買代金の他に金利として二五億円を買主が支払う約束となっているが、二五億円が金利とはいえない。③売買の対象物件の中に海岸に面する中心的部分である三五番一七の土地が含まれておらず、このような虫食い状態の土地は、リゾート用地としては、およそ利用価値が低い土地である。④本件土地周辺の一帯は、農地法、農業振興地域の整備に関する法律及び農用地利用増進法等の適用を受け、沖縄の復帰後本土の企業により買い占められた土地の買戻しが進められ、農地の非農地への転換の阻止が図られていた。実際、財団法人沖縄県農業開発公社が買い占められた土地の買戻しを行い、これを地元農民に売り渡している。そして、本件土地の大部分もこのようにして同公社が本土企業から買い入れて地元農民に売り渡したものである。したがって、本件土地について、行政当局から農業振興地域の除外を受け、リゾート開発に係る開発許可を得ることは極めて難しい状況にあったなど問題が多く、仮に被告がこのような売買契約を締結したとすれば、会計検査院の検査等に耐え得るはずがない。

さらに、本件土地の売買当時、石垣市における二〇〇〇平方メートル以上の面積の土地取引には国土利用計画法に基づく届出が義務付けられていたのに、本件においては、右届出がなされていない。しかも、右届出は、契約締結の六週間前までに行わなければならないところ、本件土地の売買契約書の条項が定められたのは、契約締結のわずか二日前であり、そもそも、右届出自体ができない状況で契約締結に至っている。

前記種々の規制を受ける特殊法人である被告が明らかに法律に違反している取引を行えるはずがないことは誰がみても明らかであろう。

保証書(甲四号証)の内容も矛盾している。保証書には「原告が買主センチュリーアールのためになす一切の件につき保証する」旨記載され、NTT東京通信システム営業本部が原告の行為をセンチュリーアールに対して保証する内容となっているが、これは、被告が本件土地の売買契約を保証したとする原告の主張と明らかに異なっているし、そもそもこのような意味不明の保証書を被告が差し入れるはずがない。

また、原告は、NDOの関係者には直接の確認を全く行っていないし、センチュリーワールド、センチュリーアールに対しては売買契約の前後を通じて一切調査をしていない。長村専務は、NDOの資力に疑問を持ち、NDOが売買契約の買主となり得るのかという不安を抱いたというのであるから、当然に、買主がNDOからセンチュリーアールに変わった際に、同社や本件手形の振出人であるセンチュリーワールドと被告との関係及び経済的信用度の調査を行うべきであったにもかかわらず、専ら原告側の都合で契約の締結を急ぎ、契約締結に当たり必要な調査、確認を怠ったのである。

さらに、本件手形の交付に当たっては、原告から預り証二通(乙一二、一三号証)が差し入れられている。

この点について、原告は、本件手形及び額面一〇〇億円の約束手形が未決済のため、代金として受領することはできず、支払のため預かったという趣旨で作成されたものにすぎないと弁解するが、代金の支払のために約束手形が交付されたときには、領収証が発行されるのが取引の慣行であり、原告の弁解では同じ預り証が二通作成されたことの説明もつかない。

原告から二〇億円の融資を受けた際の保証として本件手形が交付されることになっていたところ、原告からの融資の実行がなかったことから、本来本件手形を交付する必要はなかったのであるが、原告からの融資手続が順調に行われるように、それまで預けるという趣旨で本件手形は交付されたのであり、そのためにAとセンチュリーワールド用に二通の預り証が作成されたのである。

エ 売買契約後の原告の態度

原告は、平成三年三月末日にセンチュリーワールドが第一回目の手形不渡りを出した後も、直接被告に対して履行責任を追及することなく、専ら、Aとの間で、被告とは全く無関係な一部上場の大手ゼネコンに約束手形の支払を肩代わりしてもらう話を進めていた。

そして、原告は、Aの解雇を知り、被告に対する責任追及の根拠とするために、Aから平成三年五月三〇日付けの念書(甲五号証)を徴求したというが、真実、原告が被告に対して本件手形の裏書責任及び保証書に基づく保証責任を追及できるとの認識があれば、解雇されたAなど相手にせずに、被告に対して直接責任を追及するはずである。しかし、原告が徴求したのは、「今後も引き続き私Aは当初約定どおり当該土地取引につき全責任をもって履行する」という内容のAの個人責任を追及するための念書(甲五号証)だけである。

オ ホットラインによる権限の説明

原告は、Aからホットラインを示されて権限の存在を信用したという。

しかし、ホットライン号外二〇号に掲載された東京支社の権限規程四条本文には、「当該職位に付与されている具体的権限の範囲内に限って、すなわち、当該所掌業務の範囲内に限って、独立して対外的取引を行うことができる」旨規定されているだけで、Aに本件取引を行う権限があるとは一切記載されていない。

むしろ、その際の説明は、Aに権限がないとしても、東京通信システム営業本部長として行為をすれば、被告に責任が帰属するから安心してほしいという内容であった。そうだとすれば、原告は、Aの権限には疑問を有しながらも結局表見代理(四条ただし書)で被告が責任を負うとの軽率な判断に基づき、本件取引を行ったといえる。

カ 以上のとおり、原告には、Aに本件取引に関する代理権がないことにつき、悪意、重過失があった。

(四)  本件手形の原因関係の不存在

前記(三)(4)ウ記載のとおり、本件手形は、原告からAないしはセンチュリーワールドに対する二〇億円の融資の保証として振出、交付されたものであるが、原告からの二〇億円の融資は実行されなかった。

したがって、本件手形の原因関係は不存在である。

4(一)  予備的民法七一五条に基づく損害賠償請求1及び2記載の事実は否認する。

(二)  Aの行為は、被告の事業の執行につきなされたものではない。

被用者の行為が、事業の執行につきなされたものであるというためには、当該行為が、①使用者の事業の範囲内にあり、かつ、②被用者の職務の範囲内にあると、外形上判断されることが必要であるところ、本件では右いずれの要件も具備していない。

本件において問題とされているAの行為は、石垣島におけるリゾート開発のための用地の取得に関する行為である。

しかしながら、リゾート開発事業が被告の事業の範囲外であることはいうまでもない。事業の内容、範囲が法定されている被告においては、リゾート開発に関する事業を行うことはできないし、現に手掛けてもいない。

また、被告の子会社であっても、リゾート開発を行うことはなく、リゾート開発が被告の子会社の事業の執行であるともいえない。

NDOやセンチュリーワールド、センチュリーアールは被告の子会社ではないし、外形上も子会社と見える事情は一切存しない。

したがって、NDOやセンチュリーワールドの行為が被告の事業と理解される余地は外形上も全く存しない。

次に、石垣島におけるリゾート開発を目的とする用地の取得が東京地区における通信システムの営業に関する職務を担当する東京通信システム営業本部長の職務といえないことも前述したところから明らかである。

原告がその主張の根拠とする念書(甲五号証)は、Aの行為後に作成されたものであり、行為それ自体を外形的に見るという外形理論の上では何らの意味もなさない。

(三)  原告は、Aの行為がその職務権限の範囲外であることを知っていた、仮に知らなかったとしても、それには重大な過失があった。この悪意、重過失については、前記3(三)(4)のとおりである。

(四)  西村の不法行為について

西村においては、原告と何らの接触もなく、原告に対して事業の執行としてなした行為は何も存在しない。

この点に関する原告の主張は、主張自体失当である。

(五)  損害及び過失相殺について

原告が本件取引に基づき買収した土地の価額が現在一平方メートル当たり一八〇〇円であるとの客観的証拠はない。

原告は、買収した土地を現在も所有しているのであるから、損害の発生が現実化していないともいえる。

いずれにしても、原告の損害に関する立証は不十分と言わざるを得ない。

仮に、被告に使用者責任が認められるとしても、原告には重大な過失があるから、被告は、一〇〇パーセントに近い大幅な過失相殺を主張する。

第三  証拠関係

本件記録中の証拠関係目録の記載を引用する。

理由

一  前提となる事実関係

1  被告が、昭和六〇年四月、日本電信電話株式会社法に基づき設立された特殊会社であること、Aが、平成二年当時、被告東京支社の東京通信システム営業本部長の地位にあったこと並びに主位的手形金請求1及び3記載の事実は、当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実と証拠(<書証番号略>等)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証人長村久の証言は前掲各証拠に照らしてたやすく信用できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は、大阪市浪速区に本店を置き、資本の額二〇〇〇万円、宅地造成及び分譲住宅に関する事業、リゾート開発事業、ホテル営業等を目的とする株式会社であり、平成二年六月前には電話加入契約を除き、被告とは取引関係がなかった。

原告は、石垣島でリゾート開発事業を行うことを計画し、平成元年の初めから用地を物色したが、その関係で地元の不動産業者である東和商事(代表者東大田)を知り、同社をしていわゆる地上げを担当させた。

(二)  被告は、日本電信電話公社を民営化する形で、昭和六〇年四月一日、日本電信電話株式会社法によって設立された株式会社であり、会社の目的及び事業、責務、事務所、株式等会社の主要な事項はすべて同法によって規定され、その業務の公益性の故に同法の定めるところに従い、郵政大臣の監督に服することとされている(同法一五条)。

その主要なものを挙げれば、次のとおりである。

① 目的及び事業(一条)

被告は、国内電気通信事業を経営することを目的とし、右の事業を営むほか、これに附帯する業務及び郵政大臣の認可を受けて、その他会社の目的を達成するために必要な業務を営むことができる。

② 責務(二条)

被告は、右の事業を営むに当たっては、常に経営が適正かつ効率的に行われるように配慮することが要請されている。

③ 株式(三条)

被告の発行済株式の総数の三分の一以上に当たる株式は政府が保有することとされ、平成二年当時はその二分の一以上の株式は政府が保有していた。

④ 事業計画(一一条)

被告は、毎営業年度の開始前に、その営業年度の事業計画を定め、郵政大臣の認可を受けることが義務づけられている。

⑤ 財務諸表(一二条)

被告は、毎営業年度の終了後三月以内に、その営業年度の貸借対照表、損益計算書及び営業報告書を郵政大臣に提出することが義務づけられている。

⑥ 監査役(一四条一項)

被告の監査役は三人以上とされている。

被告は、同法の規制を受けるほか、国が資本金の二分の一以上を出資している法人に該当することから、被告の会計は、会計検査院の検査の対象となり(会計検査院法二二条五号)、さらに総務庁設置法四条一一号に規定する法人に該当することから、被告の業務は、総務庁の調査の対象となる(同法四条一三号)。

また、平成二年当時の資本の額は七八〇〇億円であるから、株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律二条一号に該当する株式会社として商法二八一条一項の書類について、監査役の監査のほか、会計監査人の監査を受けなければならない。

(三)  被告は、本店を東京都に置き、日本全国を一一のブロックに分けて支社を設置している。

東京支社は、東京都港区の通称品川ツインズビルに所在し、東京都を管轄し、事業部、支店、通信機器営業支店、直属事業所、集約業務事業所及び地域事業本部長のスタッフ組織で構成され、所掌業務は、地域の通信サービス(通信機器、電話帳及び電報サービスを含む。)に係わる企画、開発、販売、設計、建設、メンテナンス等の事業経営に関することと定められている(東京地域事業本部組織規程三条一項)。そして、後記東京地域事業本部権限規程によれば、支社長は商法上の支配人であって、支社の管轄する営業に関する一切の裁判上、裁判外の行為をなす権限を有する(三条)。

東京通信システム営業本部は、東京支社の直属事業所の一つとして位置づけられ、右品川ツインズビルの二階に入っている。

その所掌業務は、「総合通信システムの企画、設計、販売、コンサルティング等及び新システムの開発、各種ユーザー情報のデータベース化等に関すること」と定められ(同条五項、別表第四)、東京支社の所掌業務のうち、主として通信システムの営業に関する部門のみを所掌し、右営業に伴う出納権限や工事の権限を有しない(出納及び工事は東京支社内の他の部署がこれを行う。)。

被告の本来業務である国内電気通信事業の内容は、①利用者との電話加入契約の締結、②電気通信回線を通じて通信を送受信する役務の提供、③電気通信回線の使用対価である通話料の徴収の三つに大別されるが、東京通信システム営業本部は、このうち①と③は全く行わず、②の業務のごく一部である通信システムの営業に関する部分のみを担当していることになる。

被告は、会社における権限に関する基本的事項の定めとして、権限規程(平成二年一二月一日以降責任規程に改められた)、取締役会規則、常務会規程を有するが、これによれば、資産の取得及び債務保証は常務会(会長、社長、副社長及び常務取締役をもって構成)の付議事項とされ(常務会規程五条、別表)、ことに五〇億円以上の土地、建物の取得及び債務保証の決定は取締役会の決議事項と定められている(取締役会規則八条、別表1、2)。

次に、東京支社における権限に関する基本的事項の定めとして東京地域事業本部権限規程を有するが、これによれば、東京通信システム営業本部長は、その所掌業務である通信システムに関する取引については、五億円未満の契約の決定、広報活動に関する事項として五〇〇〇万円未満のイベント契約の決定、土地建物の取得については一億円未満の請負工事の決定の各権限を有するにとどまる(九条、別図)。

また、権限規程上、被告の会長又は副社長が支社の一事業所長に対し、権限を委譲又は委任することは予定されていない(権限規程八条、九条)し、実際にもそのような例はない。

(四)  被告は、昭和二七年日本電信電話公社として発足して以来民営化により株式会社となった現在に至るまで、約束手形の振出、保証、裏書譲渡による支払を認めないことと定め(現行の定めとして出納事務細則二三条)、実際にも、これまで一件の例外もなくこれを遵守してきた。

被告は、手形による料金の収納についても、これを例外的な取扱いとし、受取手形取扱事務処理要領を制定して、手形を受け取ることができる場合を定めているが、これによれば、被告が約束手形を受け取れるのは、附帯事業に係る料金回収に限ること、相手方は原則として上場企業とし、契約者と手形の振出人が一致し、裏書のないこと、受取人欄には「日本電信電話株式会社」と明記すること、サイトは最長一五〇日を限度とすることとされている。

そして、右の各要件を具備する約束手形を受領した場合において、その取立委任裏書をするのが被告のなし得る唯一の手形行為であり、しかも、右取立委任裏書をなし得るのは、事業本部経理担当部出納責任者(全国に一二名のみ)に限られている。

被告は、会社の社印についても社印規程を制定し、その適正な運用・管理を行うこととしているが、社印簿に登録された東京通信システム営業本部長の記名印及び職印は「日本電信電話株式会社東京通信システム営業本部本部長A」及び「日本電信電話株式会社東京通信システム営業本部長印」と彫刻されており(乙四号証参照)、本件手形及び保証書(甲四号証)に顕出された「日本電信電話株式会社NTT東京通信システム営業本部本部長A」及び「NTT東京通信システム営業本部本部長印」の記名押印は右正規の記名印及び役職印によるものではない。

Aは、平成元年七月二四日から平成三年一月三一日まで東京通信システム営業本部長に在任したが、平成三年五月二九日、社印の偽造、同行使等を理由に懲戒解雇された。

被告の真藤元会長は、リクルート事件の発覚により、昭和六三年一二月一四日、被告の取締役を退任し、平成元年三月には同事件により起訴されており、被告在職中にAとの関係は一切なかった。

(五)  センチュリーワールドは、昭和六一年四月九日、不動産売買及び仲介、賃貸、管理、あっ旋を主たる業務として設立された株式会社であり、本店を東京都千代田区に置き、資本の額は三〇〇〇万円である。設立当時発行済株式の総数六〇〇株の三分の一を保有していた小川流次は暴力団住吉連合の組長である。Aは、センチュリーワールドが被告の東京支社が協力する関係にあったコミュニケーション・ビジネス研究会の会員であったことからセンチュリーワールドを知り、三浦の勧めにより、平成二年一月三〇日、全株式の譲渡を受けてセンチュリーワールドのオーナーとなり、同年六月二九日、代表取締役に本宮を、専務取締役に三浦らを就任させたが、同社の実権は自己が掌握していた。センチュリーワールドと被告との間には、資本関係はもとより、電話加入契約以外の取引関係は一切なく、人的な結びつきも全くなかった。

センチュリーワールドは、平成三年三月末日に一回目の手形不渡りを、同年五月一七日までに二回目の手形不渡りを出して事実上倒産した。

(六)  センチュリーアールは、平成二年一月一七日、不動産の売買及び仲介、賃貸、管理、あっ旋を主たる目的として設立された株式会社であり、本店を東京都港区に置き、資本の額は一〇〇〇万円である。センチュリーアールは、設立当初三浦がオーナー兼代表者であったが、Aは、同年六月初旬、三浦から全株式の譲渡を受けて同社のオーナーとなり、同月二九日、本宮を代表取締役に就任させたが、同社の実権は自己が掌握していた。センチュリーアールと被告の間には、資本関係はもとより、電話加入契約以外の取引関係は一切なく、人的な結びつきも全くなかった。

(七)  NDOは、昭和五九年三月一日、武蔵野・三鷹地区でINS(インフォメーション・ネットワーク・システム)事業を行うことを目的として設立された株式会社であり、本店を東京都武蔵野市に置き、資本の額は六億一二五〇万円である。主な出資者は、地元商工会議所の有力者や株式会社コスモ・エイティ、株式会社イ・アイ・イ・インターナショナル、三菱商事株式会社等で、被告も6.6パーセント出資をしたが、NDOの経営には全く関与しなかった。

NDOは、昭和六三年までは被告とは電話加入契約以外の取引はなかったが、平成元年一月からAを窓口として被告東京支社との間で携帯ファクシミリ販売の商談を始め、その過程で、Aから「伯父のやっている会社で不動産の売買をしているが、税金対策で最終ユーザーを明確にするため必要なので、絶対に迷惑はかけないから、買付証明を書いてほしい」と強く要求され、やむを得ず、同年一一月から平成二年三月にかけて三回にわたり不動産の買付証明書をAに交付したが、石垣島新川の物件についての買付証明書(甲八号証の一、二)を交付したことはなく、同書面のNDOの記名印は、後述甲一〇号証のそれと同様、住所が間違っており、Aが偽造したものと推認される。

NDOは、平成二年四月、Aから「スポーツ振興株式会社が石垣島の総合レジャー施設の開発を行おうとしているが、被告と共同でコーディネーター的立場でシステムインテグレーション事業を行ってはどうか」と持ちかけられてこれを承諾し、東京通信システム営業本部と二、三回打合せをしたが、この話は具体化することなく立ち消えとなった。

NDOが、平成二年四月一七日付けをもって被告東京支社長西村守正に宛てた「システムインテグレーションに関するご協力依頼」と題する書面(甲一〇号証)のNDOの記名印は、前記甲八号証の一、二と同様、Aが偽造したものと推認される。

(八)  原告は、平成二年の初めから本件土地の隣接地で開発を始めていたところ、同年四月ころ、東大田から「NTTがリゾート開発を目的として用地を欲しがっているので、力を貸してもらえないか」との話を聞いたが、その時はそれ以上の進展はなかった。ところが、同年五月に入って、東大田から、NDOの買付証明書(甲八、九号証の各一、二)及び「日本電信電話株式会社NTT東京通信システム営業本部本部長A」名義の「NDO買付証明(石垣市新川富崎の土地についてのもの)及び開発の一切を保証する」旨の念書(甲一一号証)等を示されて、再度協力を要請されたことから、右資料をコピーし、持ち帰って検討することとなった。原告の長村専務は、この時、NDOと被告の関係について、東大田から「NDOは真藤が肝煎りで設立した会社であり、被告が資本参加している系列会社である」との説明を受けた。

原告は、取引銀行を通じてNDOについて調査した結果、甲一五号証の資料を入手した。これによれば、NDOの株主構成等が明らかにされており、被告もその出資者ではあるが、出資比率はわずか6.6パーセント(四〇五〇万円)にすぎない。しかるに、原告は、事の真偽を確認するために、直接NDOに照会するなどの労を取らず、右念書の作成名義人であるAに会って事実を確認することにした。

(九)  長村専務、牛窪常務、東大田は、平成二年六月六日、保証書(甲四号証)を用意して、品川ツインズビルを訪問した。その際、Aの部下の梅林係長が取り次ぎ、同ビル二階の東京通信システム営業本部の応接室に三名を案内した。右三名は、同所でAと面談した。Aは、神林留雄と共同で執筆した「ザ・テレホンカード」という本にサインしてこれを牛窪常務に贈呈した。Aは、長村専務らに対し、NTTの余剰人員を吸収するためにリゾート開発をする必要があること、本件土地の買主はNDOではなく、センチュリーアールという会社になること、同社は設立間もない会社であり、当座預金の口座を持っていないため、売買代金の支払のために振出交付する約束手形の振出人はセンチュリーワールドという会社になること等を説明した。そして、両者間で売買の内容について話合いが行われ、売買の対象面積を買付証明書記載の六万六〇〇〇坪から約一〇万坪に拡張すること、原告側において土地の開発申請と造成を行うこと、このため代金は坪当たり一〇万円とすること、原告側で土地の開発許可を取得するために最低二年半程度要することと最終的に本件土地の受け手となるNTTの子会社を整備するのに三年位の準備期間が必要であることから、代金の決済は三年後とすること、その支払のために前記のとおりセンチュリーワールド振出の約束手形を交付すること、Aは、原告側が用意した保証書を原告に差し入れることに異議がないことが合意された。

長村専務らは、この日に初めてセンチュリーアール、センチュリーワールドという名前を聞いたのに、両者についての調査を全くせず、右の内容で売買契約を締結することを決定し、A方を辞去した後関連会社の東京営業所において売買契約書と覚書の原案を作成し、翌日、これをAに届けた。

(一〇)  六月八日、右応接室に原告側は右三名が、A側はAのほかに三浦が同席して売買契約の締結が行われた。長村専務は、Aの契約締結権限に疑問を持ち、Aにその点を問い質したところ、Aは、東京地域事業本部の権限規程(ホットライン号外二〇号)の四条を示して、自分に権限がないとしても取引の相手方が権限あるものとしてその外観を信じた場合には被告が責任を負うことになるから大丈夫だと説明し、右ホットラインの表紙に前記偽造に係る記名印及び役職印を押捺して東大田に交付した。

右の遣り取りのあと、売買契約書(甲二号証)、覚書(甲三号証)、念書(甲四号証)及び本件手形と額面金額一〇〇億円の約束手形に記名押印がなされた。

席上、売買契約書一条の「本物件」の次に手書きで「約一〇万坪相当」という文言がかっこ書きで加えられたため、別紙物件の表示欄に記載された売買の目的物件(合計48筆21万0481.90平方メートル(約6万3782坪))と本文の記載とがそごすることになり、売買契約書の上でも売買の目的物件が特定されていない形となった。

右売買契約書には印紙税法所定の印紙が貼付されていないし、二条の三行目は売主と買主の表示が逆になっている。

また、別紙物件の表示欄には、海岸に面する中心的部分である石垣市平久保三五番一七の土地が除外されている(ちなみに、甲九号証の一、二の買付証明書には右土地の地番のみが表示されている。)ため、買受対象地は虫食い状態となり、土地の一団性が大幅に損なわれた形となっている。

「日本電信電話株式会社NTT東京通信システム営業本部本部長A」名義で作成された原告宛ての保証書には、「平成二年六月八日付け売主昭和開発株式会社と買主株式会社センチュリーアールとの間における土地売買契約書については、その契約内容はもちろんのこと当該土地の開発申請及び造成等昭和開発株式会社が買主株式会社センチュリーアールのためになす一切の件につき保証する。」旨記載されており、これを文言どおり読む限り、意味不明の文書というほかない。

(一一)  契約書類の調印後、Aが、長村専務らに対し、「今日はお金はどうなっているか」と尋ね、かねて東大田を通じて要請していた二〇億円の融資の実行を求めたが、長村専務らは意外な話に驚き、持ち帰って検討することになった。三浦は、融資が実行されないのにその担保となるべき本件手形を振出交付することに難色を示したが、本件手形を事前に交付したほうが融資を得やすいとのAの判断により、原告からA用とセンチュリーアール及びセンチュリーワールド用に各一通ずつ手形の預り証を差し入れてもらうことでその場をおさめた。

Aと三浦は、同月二四、五日ころ、帝国ホテルで原告側の右三名と会い、原告側の検討の結果を聞いたが、明確な結論は得られなかった。Aらは、その後も三回ほど長村専務に対し、融資の実行を要請したが、結局、原告からの融資は実行されなかった。

(一二)  平成二年六月八日当時、石垣市における二〇〇〇平方メートル以上の面積の土地取引には国土利用計画法に基づく届出が義務付けられていたところ、本件においては右届出はなされなかった。

この点につき、原告は、平成元年一二月一八日付けの念書(甲三五号証)の存在を理由に右届出をしなかったことを正当化するが、右念書は半年も前のものである上、乙二九号証の一、二によれば、沖縄県は、平成二年四月一四日以降石垣市全域を監視区域に指定したこと及びこのことは新聞でも報道されたことが認められるから、右念書の存在を理由に届出をしなかったことを正当化することはできない。

また、本件土地の周辺一帯は、農地法、農業振興地域の整備に関する法律及び農用地利用増進法の適用を受け、沖縄の復帰後本土の企業により買い占められた土地の買戻しが進められ、農地の非農地への転換の阻止が図られており、実際に本件土地のうち五筆を除くすべての土地が、財団法人沖縄県農業開発公社が買い戻した上、地元農民に売り渡した土地であり、行政当局から農業振興地域の除外を受け、リゾート開発に係る開発許可を得ることは極めて難しい状況にあった。

Aは、原告と売買契約を締結したものの、買受地の開発について、具体的な事業計画は何も持っていなかった。

(一三)  原告は、本件取引に基づき、平成二年六月一八日から同年七月二五日までの間に、26万0684.90平方メートル(約7万8995坪)代金にして二三億一五〇〇万円の土地を買収したが、本件土地のうち、所有権移転登記を受けることができたのは四八筆中五筆にすぎない。

センチュリーワールドは、平成三年三月末日、一回目の手形不渡りを出したが、原告は、その後もAとの間で被告とは全く無関係な一部上場の大手ゼネコンに約束手形の支払を肩代わりしてもらう話を進めていた。

被告は、平成三年五月七日、偽造に係る「日本電信電話株式会社NTT東京通信システム営業本部本部長A」名義の裏書のある約束手形が流通に回っている事実を突き止め、有価証券虚偽記入の罪で被疑者不詳として警視庁に告訴し、同月二九日、前記のとおりAを懲戒解雇した。

原告は、同日付けの内容証明郵便をもって初めて被告に対し、本件手形について支払う意思があるかどうかを照会し、翌三〇日、解雇されたAから念書(甲五号証)を徴求したが、右念書には、「本件土地の売買契約は、Aが、被告の事業計画に基づき行ったものであり、…保証書及び本件裏書はAがその職務に基づきなしたものである。」との記載がある一方、その末尾には、「つきましては、今後も引き続き私Aは当初約定どおり当該土地取引につき全責任をもって履行することに相違有りませんので、本念書を差し入れる」旨の記載がある。

以上の過程において、A以外の被告の人間が本件取引に関与した形跡は全くなく、被告の関係者としてはA一人が登場するのみである。

(一四)  被告東京支社長西村は、平成二年五月ころ、NTTが石垣島で土地の買収をしているといううわさを耳にし、Aに対し、新規事業開発室の業務と抵触しないよう一般的な注意を与えた。

二  判断

(主位的手形金請求について)

1  同2(二)の主張について

前記認定事実によれば、東京通信システム営業本部長には、通信システムに関する取引権限しかなく、手形の裏書をする権限はないこと、本件裏書は、偽造の記名印及び役職印により顕出されたものであることが明らかであるから、右主張は理由がない。

2  同2(三)の主張について

右主張を認めるに足りる証拠はない。かえって、前記認定事実によれば、そもそも被告は、リゾート開発事業そのものを行うことができないこと、権限規程上も被告の会長又は副社長が支社の事業所長に対し、権限を委譲し、又は委任することはできないし、実際にもそのような例はないこと、真藤元会長は、昭和六三年一二月一四日に被告の取締役会長を退任しており、被告在職中にAとの関係は全くなかったことが明らかであり、右主張を採用する余地はない。

3  同2(四)の主張について

前記認定事実によれば、東京通信システム営業本部は、東京支社の建物内に入っており、外観上も独立した営業所とは到底見えない上、実質的にも同支社の一部門にすぎず、商法上の営業所としての実質を備えていないこと、東京通信システム営業本部長という名称は、文字どおり「通信システムに関する営業」を所掌する主任者であることを示す名称であるとはいえても、本店又は支店の営業の主任者たることを示すべき名称とはいえないこと、Aがした本件取引は、東京通信システム営業本部長に与えられた権限の範囲外の行為であることが明らかであり、右主張は理由がない。

4  同2(五)の主張について

前記認定事実中には、本件取引が被告東京支社の建物内にある東京通信システム営業本部の応接室を舞台として行われたこと、長村専務らが、同本部を訪れた際、Aの部下である梅林係長が取り次ぎ、右応接室まで案内したこと、Aは、自分が著した書籍にサインをして牛窪常務に交付し、「日本電信電話株式会社NTT東京通信システム営業本部本部長A」名義の保証書を差し入れることを承諾し、本件手形に本件裏書をしたこと等原告の主張に沿うかのような事情がないわけではない。

しかしながら、他方、前記認定事実によれば、本件取引は、売買代金の額が一〇〇億円にものぼる不動産取引であるのに、A以外の被告の関係者が関与した形跡が全くないこと(右のとおり、長村専務らが品川ツインズビルを訪問した際、梅林係長が取り次いだ事実はあったようであるが、これも単に応接室まで案内したに過ぎず、本件取引には全く関与していない。そして、関係者以外の出入りをチェックする建物において、部下が上司の来客を取り次ぐことはままあることである。)、本件取引は、わずか一回の打合せを経てその二日後には契約締結に至っていること、保証書及び本件裏書の被告名義は、代表取締役又は社長等代表権を表示する名義ではなく、東京支社の一事業所長にすぎない「日本電信電話株式会社NTT東京通信システム営業本部本部長A」名義でなされていること、売買契約そのものも、売買の目的物が特定されていない上、買主が直前に変更されたり、当事者の表示を逆にするなど我が国有数の企業である被告が締結する契約としては余りにもお粗末なものであり、保証書に至っては、前叙のとおり、「保証書」の体をなしていない。前叙のように、その業務及び会計処理全般にわたり広範な国の監督を受ける被告が、そもそも業務としてはすることができないリゾート開発を行うこと、しかもそのために、リゾート用地としては不適格な本件土地(前叙のとおり、五筆を除き農地であり、関係法規により非農地への転換が厳しく規制されている。)を買収すること、そのために印紙税法や国土利用計画法の罰則規定に抵触する行為を敢えて行うとは常識的に見て考えられないこと、原告は、被告の子会社を利用した経営戦略を強調するが、本件取引に関与したNDO、センチュリーワールド、センチュリーアールは被告の子会社ではなく(NDOについてわずかに6.6パーセントの出資をしているにすぎない。)、人的な結びつきも全くないこと(そもそも、原告は、後二者については調査すらしていない。)、本件手形の振出人であるセンチュリーワールドが平成三年三月末に一回目の手形不渡りを出した後においても、原告は、A個人に対して保証の履行を求め、同年五月二九日付けの内容証明郵便をもって被告の代表取締役に対し、本件手形金の支払意思を打診するまで、被告に接触した形跡がないことが明らかであり、これらの諸事情にかんがみれば、原告は、被告の東京通信システム営業本部長という肩書を持ったA個人を信用して本件取引を行ったものであり、Aに本件裏書をする権限がないことを知っていたと推認されるし、仮に悪意とまではいえないとしても、原告に重大な過失があったことは否定すべくもない。

5  本件手形の原因関係の不存在について

前記認定事実によれば、本件手形は、原告からAないしはセンチュリーワールドに対する二〇億円の融資の保証として振出交付されたものであり、原告からの融資は結局実行されなかったことが明らかであるから、本件手形の原因関係は不存在である。

以上のとおり、原告の手形金請求はいずれの観点からも理由がない。

(予備的 民法七一五条に基づく損害賠償請求)

6  同1の主張について

前記認定事実によれば、事業の内容、範囲が法定されている被告がリゾート開発に関する事業を行うことはできないこと、NDO、センチュリーワールド、センチュリーアールは被告の子会社ではないし、外形上も子会社と見える事情はなかったこと、石垣島におけるリゾート開発を目的とする用地の取得が、東京地区における通信システムの営業に関する職務を担当する東京通信システム営業本部長の職務とはいえないことが明らかであり、Aの行為は、被告の事業の執行につきなされたものとは評価できない。

そして、Aの行為がその職務権限の範囲外であることについて、原告には悪意又は重過失があったことは、前叙のとおりである。

したがって、Aの不法行為を前提とする原告の損害賠償請求は、その余の点について検討するまでもなく理由がない。

7  同2の主張について

原告は、西村は、Aの上司としてAの行動を指導監督すべき注意義務があったのに、これを怠ったとして、西村の違法な不作為を問題とする。確かに、前記認定事実によれば、西村支社長は、平成二年五月ころ、NTTが石垣島で土地の買収をしているとのうわさを耳にし、Aに対し、新規事業開発室の業務と抵触しないよう一般的な注意を与えたことがあったようである。

しかしながら、右事実からAが正規の記名印及び役職印を偽造して本件取引を行うことを西村支社長が予見していた、ないしは予見可能性があったとまでいうことは困難であり、他にAが右のような違法行為を行うことについて、西村支社長に予見可能性があったことを肯認するに足りる証拠はない。

そうだとすると、西村支社長の不作為をもって違法ということはできないから、この点に関する原告の主張も、その余の点について検討するまでもなく、理由がない。

三  よって、原告の被告に対する各請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙柳輝雄 裁判官中山節子 裁判官岡野典章)

別紙<省略>

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